小説 あした天気になあれ 3

  • 2006/12/23(土) 16:49




 ある金曜日、僕は勇気を出してサカハラをデートに誘うことにした。突然だろうと、なんだろうといい。僕はもうサカハラに恋しているのだから。
「サカハラ、明後日映画に行かないか?」
「行かない。」
「……。」僕は爆撃された気分だった。なんで、この女はこうも無感動なのだろうか?いや、諦めない。こうして僕のサカハラに対する(無駄な)アタック大作戦が始まったのである。
 あるときはこうだ。
「サカハラ!遊園地に…」
「行かない。」
 またあるときは
「サカハラ!カラオ…」
「いや。」
さらには
「美術か…」
「無理。」

 そこまでしてだめだったのだ。僕は正攻法を諦めた。
僕はとうとう卑怯な方法を始めた。どれもコレもサカハラとの距離を減らすためである。僕はもうサカハラ一筋の恋愛少年といえるだろう。恥ずかしい話だ。
 そして今日、サカハラが玄関前でたじろいでいる。というのも僕のせいだ。まさにバケツの水をひっくり返したような雨が降っている。サカハラは傘を持っているが、そんなものはこの雨の中では役に立つことは決してないだろう。
「サカハラ、今度一緒にケーキバイキングいかないか?」
僕が後ろから声をかけると彼女は振り返って「行かない。」一閃である。切り捨てられた侍の気分で僕はそこに立っていた。なんてヤツだろう。僕はそう思った。
「送ろうか?」
僕の傘も役にたたなさそうだが、僕の力を使えば一発である。僕はサカハラと一緒に歩くために雨を降らせたのだ。それ以外の何物でもない。しかし彼女は手を振って、こういったのだ。
「いらない。またね。」

 そういうと傘をさして歩き出した。あまりの雨の強さに彼女の姿は雨煙に隠れて直ぐに見えなくなってしまった。
「いらない。また明日ね。」彼女はそういうと小さく手を振って傘を差して玄関から出て行ってしまったのだ。いつもどおり冷たいヤツ。しかし、手を振ってくれたのだ。
 僕は確かに、彼女との距離が縮まっていることを確信した。僕はガッツポーズを決めた後で、急いで「雨よ、弱まれ。」と念じた。あっという間に雲の隙間から太陽の光が差した。
ずぶ濡れのサカハラをこれ以上濡らすわけにはいかない。僕は僕のせいでずぶ濡れになったであろうサカハラのことを思いながらスキップで帰路に着いた。
 
 その後も僕はサカハラに能力を使ってアタックを続けた。たとえば雨の日に相合傘をしようとか、ほかにも嵐で電車を止めたりして駅で偶然を装って待ち伏せてみたりとか、ときには雨の中、サカハラの傘に向かって風を起こして、傘を吹き飛ばして、そこに傘を手に現れたり。とまあ、迷惑極まりない方法ばかりで。
 しかし、どれもこれもサカハラは突破し続けた。
彼女は毎日折り畳み傘を持つようになったらしく、雨の日はもう相合傘を必要としなかった。電車を止めると彼女は迷った風もなく徒歩で帰った。傘を吹き飛ばされればそれを追いかけて走っていった。
 その頃になると、僕はもう疲れていた。その能力は使えば使うだけ僕の体に損害を与えるようだったからだ。初めは胸の奥の痛みからだった。僕はそれを筋肉痛か何かだと思った。しかし違うようだった。能力を使うと、それが悪化することに気がついたからだ。それでも僕は力を使うことをやめなかった。やめたら、サカハラと近づくことを諦めるような気がしていたのだ。

 そんな十一月も半ば、僕が良く行くコンビニに向かうと、そこにはサカハラの姿があった。彼女は何人かの人間に囲まれていた。僕は始め「サカハラに友達がいる。」と思っていたのだが、どうやら違うようだった。
 サカハラはガタイのよい男に言い寄られているようにも見える。なるほど。彼女はどうやら不良にちょっかいを出されているらしい。サカハラは美人なのでありえそうな話である。
 僕は走りよって
「やあ、サカハラ!」
と声をかけた。途端、サカハラの表情が一変した。不安そうな顔である。助けに来た人間を見て不安になるなんて、なんてひどいやつだろうか。僕がそう思っていると、サカハラを取り囲んでいるうちの一人が僕に突っかかってきた。
「なんだてめぇ、うせろ!」
彼は短くはきすてると僕の胸倉を掴んで僕を威嚇した。僕はちょっとたじろいだ。まさかここまで強気で押してくるとは思わなかったからだ。僕は手を出すべきか、どうしようか迷っていると後ろからさらに声がかかった。
「なにしてるん?あ、ケンカしてるし!」
陽気な声で状況を中継したのはサカキだった。僕とサカキは今日ここで待ち合わせをしていたのだった。サカキが陽気な顔で手を振って近づいてくる。ヤバイ。
「お、おいアンタ逃げろ。」
 サカキは喧嘩早いのだ。その上、強い。このままじゃ騒ぎが大きくなる。僕の胸倉を掴んでいた男が「ああん?」威嚇しながら振り向いた。そして「ひぃうっ!」と締められた鶏のような声を上げた。
「ササ、サ、サカキさん。」
「そやね。」
相手の手が僕から離れる。どうやら、サカキの顔を知っているらしい。そして、怖がっている。多分、サカキに何かされた経験があるのだろう、と僕は推理した。
「やるか?ケンカ」
サカキが声音を下げて男に聞く。
僕がサカハラの方を見るとサカハラは胸に手をやっている。サカハラにちょっかいかけていたやつらはサカキから逃げるように、しかし、眼を離さないように後退していた。サカキがニカリと人のいい笑顔になって
「やろか、ケンカ。」
というと僕の胸倉を掴んでいた男とサカハラにちょっかいかけていたやつらは「ひっ」と短い悲鳴も漏らして散り散りになって逃げていった。もうやく一安心である。僕はサカハラに駆け寄ってサカハラが怪我していないか確かめた。
 サカキはそんな僕とサカハラを無遠慮にじろじろと見ると、ニッと笑顔になって
「おっ、待ち合わせに遅れる。じゃあな。披露宴に呼んでくれ!」
そう言って立ち去ってしまった。風のように現れ、暴風を撒き散らし、消えた。まるで台風のようなヤツだ。それに、僕との約束はどうするのか。いや、今はそんなくだらないことはどうでもいいのだ。
「サカハラ、大丈夫か?」
僕がサカハラを見るとサカハラは胸に手を当てて顔を伏せている。何かされたんだろうか?僕は不安になった、助けに来るのが遅かったか?僕がサカハラの肩に手を伸ばすと、サカハラは突然それを乱暴に振り払った。
 いつものサカハラからは想像できないことだった。今のサカハラは普段のサカハラからかけ離れている。あの無表情の仮面はどこに消えたのか、サカハラの髪の毛は乱れて、顔も焦った顔になっていた。何かされたというような様子ではなかった。ただ怯えているように見える。
「サカハラ、送っていくよ。」
サカハラがどこへ行くのかしらないが、今の状態ではどうしようもないだろう。
「いい、いらない!」
サカハラの声はいつもの平坦な声じゃなかった。あの冷たい海のイメージじゃない。人を寄せ付けない壁を感じた。
「サカハラ」
「うるさい!」
サカハラは声をかける僕に向かってそう怒鳴った。明らかに興奮状態だ。極度に怖がっているのだ。小さな肩が震えている。
 僕の心は痛んだ。なにを彼女を怯えさせているのか、わからないからだ。嫌われたっていい。でも、サカハラに笑って欲しい。
僕はいつの間にか、唇をかみ締めていた。僕にできることはそのくらいだ。
「サカハラ、明日の天気何がいい?」
「……?」
少し落ち着いたのか、サカハラは僕を見ずに、「雨。」とつぶやいた。眼はもう僕を向いていない、空を見上げている。
「雨。雨が好き。誰にも会わなくて済むから。雨がいい。」
「サカハラ…」
僕の口から言葉は出なかった。胸の奥がずきんと痛んだ。それが、あの能力のせいであればいい。そうなら、どんなにいいだろう。でもこの痛みは、これは、違う。
 僕が次の言葉をいえないでいると、サカハラは踵を返して歩き始めた。雨はまだ降らない。
僕は彼女の後姿を、眺め続けていた。


 コンビニでサカハラを見かけた翌日。
僕は雨を降らせた。雨はしとしと雨。十一月の寒さに拍車をかける雨だ。風はない、ただ雨がずっとずっと降り続けている。
 サカハラは今日学校にこなかった。担任の話によれば、風邪を引いたらしいが本当のところはわからない。僕は久しぶりに誰も観察しない一日をすごした。それは何だかスカスカと空気が漏れ出すような日だった。
 その次の日も、そのまた次の日も、サカハラは休んだ。もう三日になる。その間僕は三日にわたって雨を降らせ続けていた。サカハラが登校してくるまで、僕は雨を降らせるつもりだったし、雨の日が好きなサカハラへのプレゼントでもある。それを伝えることが出来ないのは非常に困る。困っている。
 それにサカハラがいないことに困っているのは、先生も同じらしい。先生は「期限が限られた知らせがあるから・・・」と困っているのだった。僕は良い生徒の見本のような顔をして、先生にサカハラの家に僕が届けて上げましょう、と提案した。
 そんなわけで、僕は今、鞄の中にサカハラ宅宛の書類を詰めて、傘を片手にサカハラの住んでいるアパートの前に立っている。相合傘したときにサカハラを送っていったあのアパートだ。小さなアパートの郵便受けを覗くと「サカハラ 五○八号室」と書いてある。
 僕は階段を上ってサカハラ宅に向かった。別に今日はデートに誘おうとか思っていない。断じて、思っていない。本当だ。
 小さなインターホンを鳴らす。直ぐに返事が着たが、サカハラではない、いや、僕の知るサカハラ本人ではない。多分母親である。僕は自分の名前と用件を告げた。
直ぐにサカハラの母であろう人物が出てくる。小じわがあるが、綺麗だ。明るそうな人というイメージである。
「あらあら〜悪いわねぇ。イサカってば、こんなカッコイイ男の子捕まえておいて、一言も言わないなんて」
そういえば、サカハラの名前はイサカだった。そう思いながら僕はサカハラ母とサカハラ本人の間に大きな違いがあるな、と思っていた。サカハラ(母)は僕を半ば無理矢理上がらせると、お茶とお菓子を出してくれた。
「これ、書類です。」
「ありがとうね、ごめんね、イサカ今出かけてるのよ。」
サカハラ(母)そういうと笑いながら書類を受け取った。出かけてる?風邪をひいているのでは?僕が不思議に思ってきくと、彼女(サカハラ(母)のことだ。)はふっと目線を落として暗い顔をする。その顔は、サカハラにそっくりだった。やはり親子なのだ。
「あの子ねぇ、三日前からすごく不安そうでね。多分、何か怖いことでもあったのだと思うんだけど。」
「すいません、それ、僕のせいです。」とはいえなかった。サカキがそんなに怖かったのだろうか?僕は真剣にサカキと縁を切ることを考えた。僕は出してもらったお茶に口をつけた。高いかどうか知らないが、おいしいお茶だった。久しぶりにおいしいお茶を飲んだ気がした。
「あの子ね、昔に辛いめにあってて、まだ引きずっているのよ。」 
 サカハラ母が話しかける。別に催促したわけではないのに、教えてくれるらしい。
「そのせいでお友達が出来ないみたいで…あら、ごめんなさいね。突然。」
「いえ、いいんです。お茶、どうもありがとうございました。そろそろお暇します。」
 出来るだけ礼儀正しく僕は言った。何か大仰過ぎる気もするがいいだろう。僕は鞄をもって立ち上がった。
「それじゃあ、イサカさんによろしく言っておいてください」
僕は帰り際にサカハラ母にそういって頭を下げた。「ええ、また来てちょうだいね。」サカハラ母はにっこりと笑顔で微笑んでくれている。
「あ、それから、イサカさんに、『諦めないぞ』ってついでに。」
僕がそういうと、サカハラ母はきょとんとした顔をしてから、「ええ」と返事をくれた。
 サカハラがどんな過去をもっていようが僕は気にしない。僕はそう思った。僕が階段に差し掛かるまで、サカハラ母は見送ってくれた。
 僕はもう一度頭を下げて階段を下りた。もう雨は降っていない。雨はもういらない。僕の胸がずきりと痛んだ。

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