おけましておめでとうございます。

  • 2008/01/01(火) 01:41

 あけましておめでとうございます。

 今年もわが「ぴえーる日記」はいつもどおりおバカな感じにつっぱらせていただきます。

 今日は半フィクションでお送りさせていただきます。

 
 さっそくですが、あけましておめでとうございます、というと、どうしても昔読んだ「コジコジ」というマンガで主人公コジコジがまだ年が明けていないのに友人に「あけましておめでとうございます」と言ったところ、「年明けはまだだよ」的な返事をされまして、それにコジコジが更に答えて

 「じゃあ、締めましておめでたくございません」

とかえしたという話があるのですが、あれが思い出されて思い出されてなりません。コジコジは天才でしょうか?

 あのノリ、ツッコミ、突っ込み返し、どれをとっても最高レベルです。小生の取ってあのセンスは脱帽、最敬礼に値するものであります。

 いやはや、小生、出来るならばあのレベルに到達したい。


 まあ、それはおいておいて。


 ところで皆さん、年越し蕎麦はいつ食べますか?

 年越し蕎麦って、年を越すと同時くらいに食べるものではないのでしょうか?どいやら地域によって凄い差があるらしいのです。


 小生の調べによると

北海道:12月31日の昼ごはんどき(夜は豪勢に食べるので、それまでは質祖に)

そして本土に上陸するとこれまた打って変わって

東側:一月一日になると同時。

 東側にすむ人々は新年と同時に箸を取りのどの奥へと蕎麦を流し込む。このとき誰も蕎麦を残してはいけない。これは去年のことを新年に持ち越してはいけない、ということから来ている。

 彼らは鬼の形相で一言も口を利かず二蕎麦を食うのである。その形相は鬼。一転の曇りもなく、鬼である。

 西側:一月一日の昼ごはんに。彼らは東側のようにくだらない考えに流されたりはしない。皆が朝から御節を食べてだらだらしているので腹は減っていない。しかし飯を食わないのはいささか物悲しい。そんなわけで蕎麦を食う。大概はもりかザルですます。
 しかし一つだけマナーがある。薬味を使わないのだ。「適当に、こらずに。贅沢せずに。」の精神で薬味は使わない。
 いやはや、凄いことであるよ。


 そんなわけで、あけましておめでとうの言葉を、皆様に贈らせていただく。



ショートショート 馬は立って眠る

  • 2007/12/31(月) 00:17


 ―――馬は立って眠る―――

 どこまでも野は広がっているように思うだろう。しかし、私たちがキャラバンをつれて歩くように、どこかの誰かも野をさまよっているかもしれない。我々と同じようにどこかで誰かとめぐりあうために……
 父の言葉だ。私はその言葉を信じて、ずっとずっと、旅を続けている。私の後ろを荷物を積んだ馬が、ずっとずっとついて歩く。私のかけがいのない相棒、そして最後の仲間だ。
 仲間の多くは、随分前に死んだ。父と母は、砂嵐の中でキャラバンからはぐれた子どもを助けに出て、そのまま帰らなかった。
 キャラバンの仲間意識は鋼より硬く、刃よりも危うい。もし、仲間の一人が危険だとしても、その一人を犠牲にしてキャラバンが助かるなら、それが最小限の犠牲になるなら、助けない。鉄の意志で仲間を見捨てていく。
 父と母も、そのようにして見捨てられた。父と母の最期の後姿を、今でも覚えている。キャラバンの幌車野幕と幕の間から、彼らが砂嵐に飲まれるのを見た。

 今、私は馬と旅を続けている。私は一歩一歩確実に歩みを進め、馬はその後をついてくる。
 馬は従順だ。何も文句を言わないし、人よりも長い間歩き、一生に一度、肉を分けてくれる。天から日が差し込み、私はローブで顔を覆った。
 馬を省みると、馬は長いまつげのある目でこちらを見て、更に一足歩を進めた。私はまた歩き出す。
 
 こうして歩くと、キャラバンの昔の姿を思い出さずにはいられない。キャラバンは、父と母がいなくなる前から脆弱になっていっていた。戦争で焼き払われた野には食べるものが不足し、キャラバンの人口はゆっくりだが、確実に増えていった。そのうちに、食べ物が足りなくなった。人口が増えて、食べる量が増えたためだった。
 自分の家族を護るため、自分の口を賄うため、キャラバンの連中はいがみ合った。私は、それを見ていた。ただ、見ていた。
 そのうちにキャラバンのなかで突如人間が消えるということがおこった。彼らは大抵よる、いなくなる。
 そして誰も見つからない。

 私はわかっていた。殺し合いが始まったのだ。戦争だ。
 そのうちに、ダレもがお互いを信じられなくなり、怯え、そして更に殺しあった。不毛だ。私は考えた。
 何故、殺しあわなければならないのか。私は自分に賛同するものだけを選び抜き、そして残りを殺していった。
 戦争とは文化だ。文化とは、生き残る術だ。その場所や環境に合わせた人間の武器だ。そうでなければ何故人々は別々の文化を持ったろう?
 強いものが生き残る文化を編み出し、頂点に立つ。それが人間だ。私はキャラバンの文化に立ち向かったのだ。崩壊した文化を、もう一度立て直そうとしたのだ。
 もう一度、戦争によって、焼き払われた前世界の、平和とやらを、取り戻したかったのだ。

 結果、次々に人が消えていった。私のことを畏怖し、畏敬の念で仲間は見た。
 しかし、それも長く続かなくなった。

 あるとき、仲間の一人が私を裏切り家畜を連れて、逃げ出した。家畜はキャラバンの全ての供給源だ。逃がすわけには行かない。
 しかし、結局裏切り者を捕まえたものの、家畜はどこかへ逃げ去っていた。私たちの結束はまた揺らいだ。環境の変化が、文化を壊す。

 壊れた文化を、人は支えきれないのだ。文化は一人歩きをする。歩みは人間をおいて、遠く、高く積みあがり、そして環境の変化で脆く壊れる。
 歪んだ文化の塔と、人は支えられない。倒れる文化から、他人よりも先に逃げるため、殺しあう。これが戦争だ。文化が大きいほど、酷くなる。

 この、世界が焼き払われた戦争の大きさを思うと、ぞっとする。どれだけ世界は文化という名の塔を積み上げてしまったのだろうか?船が世界中を行きかっていたのだろう。もしかすれば、それを自由に飛び回るものがあり、人々はあくせくと働きながらも、文化を積み上げることを楽しんでいただろう。
 
 どれだけあるいただろうか。私が面を上げると、夕日がもう傾いて随分になる。私は馬の背から、荷物を降ろし、テントを組み立てる。野に落ちている枯れ木や枯れ草を使って、火を焚き、干物にした肉を炙る。茶を沸かして、テントの中、それを啜った。
 馬は立って眠る。
 私は馬が逃げないように、首に縄をくくりつけて、テントの足に縛った。縄は自分で編んだものだ。枯れ草を火で炙り、編んだものだ。
 私はそれを確認して、眠りに落ちる。馬を失うわけには行かない。馬は私の文化なのだ。今、私がなんとか積み上げて壊さずにいられる、文化なのだ。これを失ったら、私はどこにもいけないだろう。私の生きる術は馬の背に、馬に括り付けられている。私のせいは馬の背に揺られているのだ。
 私はそれを壊さないために、縄をつける。

 翌朝私が起きると、野は久しぶりに腫れた天気に覆われていた。青い空、白い雲、そして、縄の先に、馬はいなかった。
 私がどれだけ、どこを見回してても、馬の姿はない。慌てて縄を確認すると、縄は老化して、切れていた。

 馬は立って眠る。
 それは馬の文化だった。しかし、私に縛られ、馬は恐れらのだ。私と共に滅びることを。馬は立って、長いまつげのある目で、私を見ていた。私から逃げる隙を。

 馬は立って眠る。
 それを私は今、理解した。野に吹く風が顔に当たり、私は大声を上げて泣き叫んだ。鳴き声は、野に吹く風にかき消されていった。

一応宣伝。

  • 2007/12/16(日) 01:31

 小生メルマガを始めた。

 メルマガの内容などは

「小生学生日記」で紹介しているので、そちらを見て欲しい。

 なぜなら同じことをいっぱいやっても仕方がないから。

 嘘の日記を書くのも案外大変だ。なぜならその嘘は頭の中で構築せねばならないからだった。第一に小生がそんな嘘ばっかりかけるわけがないのである。
 

 小生の心の中は「洗い立てのシーツのようにまっさら」なことで有名だった。その小生が嘘ばっかりつけるわけがない。

 いや、でもそんな小生だって、実生活で嘘をついたことがある。

 
 それはあるふゆの日のことだった。
小生が道を歩いていると道にうずくまっている少女を発見した。小生、その様子を眺めていたのだが、どうも少女は泣いているらしかった。小刻みに肩が振るえ、嗚咽が近づくごとに大きく聞えてくるようになった。


 小生は心持身構えた。何故ならこのような事態に遭遇することはごくまれであった。タヌキの死体を連続で見つけるくらいの勢いだった。わかりにくいですか。

 しかし、どうにも気になった小生どうしても放っておけなかった。そこで近づいて女の子の方にそっと手を置くと「どうしたの?」と聞いた。少女は泣きはらした顔で掌に載せた鳥を見せた。鳥はまだ温かかった。しかし、死んでいた。体中から血を流して、とりはぐったりと力なく少女の手の中で横たわっていた。
「鳥さん、起きないの。」
 女の子は悲しそうな目でこちらを見ていた。小生、人生で出会う死と別れの痛みを彼女に教えるべきか迷った。死はどのようなものにも平等に訪れ、去っていくことを教えてあげたかった。

 しかし、それはまだ時期尚早な気がした。少女は動物を思い悼む気持ちを、そのとき己の心の中に感じたはずだった。それを「死」という恐ろしく重く暗く、そして大きなものでただ塗りつぶしたくはなかった。

 「死」は重い。重いからこそ、今じゃない気がした。死が全てを奪うだけだとは教えたくなかった。

 小生はそっと鳥の死骸に手を載せると
「鳥さん、起きないねぇ。でも、大丈夫、ほら、温かいでしょう?温かいのは、生きているってことなんだ。」
 小生は心が痛む思いで、たどたどしく嘘をついた。
「でも、今は眠たいんだよ。起きられないんだ。体中傷だらけで、少し、眠りたいんだよ。わかるね?」

 小生がそう問いかけると少女は「うん、うん」と頷いた。少女の手からそっと鳥の死骸を受け取ると、彼女に小生はポケットティッシュを手渡した。随分大切に、その死骸を持ち歩いたらしい。彼女の手の中には血が溜まっていた。
 小生はそれをふき取らせると、彼女を通学路へ戻した。

 願わくば、少女が感じた他者を悼む思いを忘れないで欲しかった。

 小生は来た道をそっと引き返して、動物病院へ鳥を連れて行く振りをした。
途中振り返ると、少女が心配そうにこちらを見ていた。その顔は安心したようでもあり、そうでも無いようでもあり、複雑な心の内を表していた。

 小生は自宅の近くで鳥の死骸を埋めた。おおかた猫にでもやられたのだろう。

 その後少女がどうしているのかなど、小生は知らない。ただ、小生は自分の信じている信じられる道を進んだのだ。
 
 それは間違いないと、今も思っている。

まるで本当のハナシのように。

  • 2007/12/12(水) 01:48

 今日は朝から元気いっぱいだった。と、いうのも昨日の夜は10時に寝たからだ。やはりちゃんと寝ると違う。第一に睡眠をとれないほどの生活が身体にいいはずが無いのだ。当たり前のことだけど。

 そんな生活を続けていたら絶対に身体を悪くするに決まっているのだ。小生、最近は何かと忙しかった。好物の酒も呑まずに働いたり、勉強したりしていた。まさに苦学生といえる。

 やれやれ、小生はいつも周りの人間を見て思う。何故この人たちはこんなに辛そうなのだろうか、何に焦っているのか。そう思っていた。

 しかしその辛さはいつの間にか小生をも襲っていた。

 小生、自分の生活に不安を覚えて仕方が無かった。なんといっても小生、浪人に浪人を重ね、ボサボサの髪の毛でだらだらと過ごし、金ガンは要るたびに遊びに使い、そして井亜ッまでに女性の手すら握ったことが無かった。
 そんな小生、最近ようやく自分の姿を見て考えるようになった。
「なんだこのデブッたオッサンは。このブサイクは誰だ?貧乏神か?いや、疫病神か?落ち着け、これが自分の姿なのだ…」
 

 小生、その瞬間に鏡を取りあえげると地面に叩きつけていた。素足で踏みつけ、粉塵が舞い、もう何も移すことがなくなるまで鏡を粉々にした。

 やってられるか。その思いのみが小生を襲った。これは本当の自分ではないのだ。きっと本当の自分はきっとまだ中学生くらいで大方トラックに轢かれそうになった子犬でも助けようとして重症をおい、今でも病院で点滴につながれているのだ。

 そう思わなければやっていられない。ダイレクトメールとローンの催促の手紙しか届かない毎日など、嘘だ。
「嘘だ」
 小生そう呟くと夜の帳の奥へとかけていった。

 後には限j8いつから逃げようとするおっさんの後姿が残った。

大物の客。

  • 2007/12/03(月) 18:06

 小生がアルバイトしているDVD,CDレンタルショップに恐ろしい客が来た。彼(雄らしい)は背丈が2メートル近かった。きっと羽を広げれば4メートルはあっただろう。
 
 彼はずんぐりむっくりとしていた。のそのそと毛だらけのマンモスのような足で店のリノリウムの床をめりめりと引き裂いた。小生は「店が壊れる!!!」と叫んだのだが、彼には届かないようだった。
 また、彼はマナーの悪い客を手づかみにすると大きく開いた口へ放り込んだ。彼の身長は大体2メートル、と書いたが、それは初めだけだ。
 彼は客を捕食するたびにぐんぐんと成長した。帰る頃には4メートル夕に超えるモンスターとなっていた。

 そんな彼は多分 ラルクアンシエルだかなんだかの曲を口ずさみながら、小生の前に立つと一枚のCDをレンタルして帰って行った。

 帰り際に小生が入り口を覗くと、案の定入り口でつまった彼は大儀そうに捕食した人間を吐き出して元のサイズに戻り、去っていった。
 入り口に捨てられた人間たちは生きていた。小生、彼らを店の外に一塊にしておいておくと、仕事に戻った。


 しばらくすると店長がずるずると大きなゴミのようなものを引きずって歩いてきた。店長に引きずられているものはあの大物の客だった。

 店長の手には吹き矢らしきものが握られていた。